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大津地方裁判所 平成7年(行ウ)8号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

島﨑哲朗

牧野聡

新谷正敏

被告

滋賀県知事

稲葉稔

右訴訟代理人弁護士

浜田博

右指定代理人

川尻嘉徳

外四名

主文

一  被告が原告に対して平成六年五月三〇日付けでなした公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」の非公開決定を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、滋賀県に居住する原告が、滋賀県公文書の公開等に関する条例第四条に基づき、被告に対し、公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」の公開を請求したところ、滋賀県知事である被告が、右請求に対し、本件公文書の非公開決定を行ったため、原告が右処分の取消を求めたという事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、滋賀県内に住所を有する者であり、滋賀県公文書の公開等に関する条例(昭和六二年滋賀県条例第三七号、以下「本件条例」という。)第四条の公開請求権者である。

2  被告は、滋賀県知事であり、本件条例第二条第一項の実施機関である。

3  原告は、平成六年五月一六日、本件条例第四条に基づき、被告に対し、公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」(以下「本件公文書」という。)の公開を請求した。

4  本件公文書は、経費支出伺い及び支出負担行為兼支出命令決議書の二種類の文書である。

5  被告は、平成六年五月三〇日、右請求に対し、本件公文書の非公開決定(以下「本件非公開決定処分」という。)を行い、その旨原告に通知した。

6  原告とは、本件非公開決定処分を不服として、平成六年七月一日、行政不服審査法第六条の規定により、被告に対して異議申立てを行った。

7  被告は、平成六年七月一一日、本件条例第一二条第一項の規定に基づき、当該異議申立てを、滋賀県公文書公開審査会(以下「審査会」という。)に諮問した。

8  審査会は、この諮問について、平成七年五月一〇日、被告に対し、「本件公文書を被告が非公開とした決定は、妥当であり、やむを得ないものであると認められる。」旨の答申を行った。

9  被告は、平成七年五月三一日、同異議申立てを棄却するとの決定をなし、同日原告に通知した。

10  被告の本件非公開決定処分は、本件公文書が本件条例第六条第七号の「交渉の方針」「その他の事務に関する情報」であって「公開することにより、当該もしくは同種の事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」に該当することを理由とするものであった。

三  争点

本件公文書が、本件条例第六条第七号の「公開することにより、当該もしくは同種の円滑な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」に該当するか否か。

(被告の主張)

1 本件公文書は、空港整備事務所において、平成五年度に地元関係者との折衝(交渉)事務を行う際の会合に要した食糧費を支出するために作成されたものである。本件公文書のうち、経費支出伺いには、「用務の内容」、「日時」、「場所」、「出席予定者の人数及び氏名」、「支出予定額」、「支出方法」、「支出科目」が記載されており、支出負担行為兼支出命令書には、「執行機関」、「年度」、「支出科目」、「支出命令額」、「相手方」、「支払方法」等が記載されている。

2 空港整備事務所は、地元関係集落の理解と協力を求めるため、地元関係者との折衝(交渉)を日夜行っており、地元関係者との会合は、折衝(交渉)の事務の一環として、随時、必要に応じて行ってきたものである。本件公文書には、地元関係者との会合の日時、場所、相手方の氏名及び金額等が記載されており、これらの記載は、本件条例第六条第七号前段に規定する「交渉の方針」に準ずるところの「その他の事務」に関する情報に該当する。

3 本件条例第六条第七号後段に規定する「公開することにより、事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれがあるもの」とは、公開することにより、経費が著しく増大したり実施時期が大幅に遅れるなど行政が混乱するものをいうところ、本件公文書は、以下で述べるとおり、公開することにより相手方との信頼関係を著しく損ない、今後の折衝(交渉)事務を著しく困難にし、ひいては事業の実施時期を大幅に遅らせ、そのための経費を著しく増大させるおそれがあるのであって、同条第七号後段に該当する場合にあたる。

4 空港整備事務所が行っていた本件公文書に係る折衝については、その相手方はいずれも地元関係者であり、空港整備事業の施行に必要な事項についての折衝であった。また、本件非公開決定処分当時、関係集落の相当部分が空港建設を了解していないという状況のなか、地元関係者は、極めて微妙な立場で、公にしないという前提のもと、県を信頼して折衝(交渉)に臨んでいるものである。このような交渉の経緯に鑑み、県だけの判断で折衝(交渉)に関する情報を公開すれば、折衝(交渉)の相手方において、不快、不信の念が生じるところとなり、これまでの信頼関係が損なわれ、地元関係者の理解と協力に負うところが大きい今後の空港整備事業に著しい支障が生じることは十分に考えられるところである。

なお、本件公文書の各記載項目のうち「用務の内容」、「日時」、「場所」、「出席予定者の人数及び氏名」、「支出予定額」、「支出命令額」、「支出の相手方」が、本件条例第六条第七号後段に該当し、公開しないものとすべき情報である。「用務の内容」、「出席予定者」に関する情報は、折衝(交渉)そのものに関する情報であり、これを公開すれば、公にしないという前提のもと、県を信頼して折衝(交渉)に臨んでいる折衝の相手方の信頼を失い、今後の折衝(交渉)に支障が出ることは明白である。「日時」、「場所」、「支出の相手方」については、空港整備事業に関する折衝(交渉)が、空港予定地及びその周辺地域という極めて限定された地域の関係者を対象として行われていることからすれば、これらの情報を公開すれば、対象地域の住民において周知の情報と関連して、折衝(交渉)の内容及び折衝の場への出席者が推認されるおそれがあり、そうした推認もしくは憶測によって対象地域住民間に相互不信が生じるなど、空港整備事業の円滑な実施に著しい支障が生じることは明白である。また、「支出予定金額」、「支出命令額」及び「支出の相手方」についても、これを公開すれば、折衝(交渉)の相手方において他者の折衝(交渉)行為との比較が可能となり、その金額の多寡等によって、折衝(交渉)の相手方に不快の念を生じさせ、今後の折衝(交渉)に著しい支障が生じるおそれがある。

5 本件公文書の記載項目である「支出方法」、「支出科目」、「執行機関」等については、これらのみを公開したのでは本件公開請求の請求の趣旨を満たさない。本件条例第七条において部分公開しなければならない場合とされている「公開しないものとする情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に、かつ、請求の趣旨を損なわない程度に分離できるとき」に該当しないから、これらの記載項目についても公開する必要はない。

(原告の主張)

1 原則公開が認められている情報公開制度においては、客観的かつ明白な支障がある場合にのみ例外が許される。しかしながら、被告の主張はいずれも行政側が主観的に不都合を主張するだけで何ら客観性がない。

2 本件公文書を公開することで何故「信頼関係」が著しく損なわれるのか明らかでない。被告と地元関係者との折衝が、被告の主張するとおり地元関係者の理解を得る目的で行われたならば、何らこれを秘匿する理由はない。

3 仮に、本件公文書を公開することで折衝(交渉)の相手方である地元関係者との間の「信頼関係」が損なわれると認められたとしても、これは折衝(交渉)の相手方に関する情報を公開するか否かに関わるものであり、それ以外の情報を非公開とする理由にはならない。

第三  争点に対する判断

一  本件公文書の記載事項

乙二号証(滋賀県公文書の公開等に関する条例第一二条の規定に基づく諮問についての答申書)によれば、本件公文書のうち経費支出伺いには、用務の内容、日時、場所、出席予定者の人数及び氏名、支出予定額、支出方法、支出科目が記載されており、支出負担行為兼支出命令決議書には、執行機関、年度、支出科目、支出命令額、相手方、支払方法等が記載されていることが認められる。

なお、審査会は、滋賀県知事である被告によって委嘱された委員によって構成される行政庁の諮問機関にすぎず(乙四号証)、その作成した答申書の記載(乙二号証)から直ちに、審査会が認定したとおりの事実が存在したと認定できるものではないが、右で認定した本件公文書の記載項目は、外形的かつ客観的な事実であって、審査会のこの点に関する認定に疑いをはさむ余地はないことから、同乙号証によって右のとおりの事実が認定できる。

二  本件条例の趣旨等

本件条例第一条は、「この条例は、地方自治の本旨に即した県政を推進するために公文書の公開等が重要であることにかんがみ、公文書の公開を求める権利を明かにするとともに、公文書の公開等の総合的な推進に関し必要な事項を定め」ることを目的に掲げ、第四条に定める者から所定の方式(第五条)に基づく請求がなされた場合には、第六条各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書以外は公開するとの「原則公開」を基本理念としている。例外的に非公開とされる情報には様々なものがあるが、第七条はその一つとして、「県の機関または国等の機関が行う検査、監査、取締り等の計画および実施細目、争訟および交渉の方針、入札の予定価格、試験の問題その他の事務に関する情報であって、公開することにより、当該もしくは同種の事務の実施目的を失わせ、またはこれらの事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれがあるもの」を規定している。

そこで、滋賀県作成の「公文書の公開等に関する条例の解釈運用の手引き(改訂版)」(乙四号証)等を参考として、同条第七号の趣旨を解釈するに、同条号が公文書の非公開を定めているのは、① 行政機関が行う事務の中には、検査、監査、取締り等の計画および実施細目、入札の予定価格、試験の問題などのようにその事務の性質上、執行前あるいは執行過程で情報を公開することにより、事務を実施する意味を喪失させるものがあること、② 行政機関が対外的な交渉事務や争訟に関する事務を行うについては、行政機関内部で意見を統一し、それに対する方針を立て、対応策を検討する必要があるが、それらの方針、対応策が事前に明らかになっては、当該事務の適切、有効な処理に支障をきたす可能性があること、③ 右の各事務の他にも、これに関する情報を公開することにより、前記のとおりの弊害の他、事務の経費を著しく増大させたり実施時期を大幅に遅れさせるなど行政を混乱させるもの、また特定の者のみに利益を与えるなど不公平を生じさせるもの等、事務の円滑な実施を著しく困難にするものがあること、以上のような理由によるものと考えられる。

三  本件公文書の本件条例第六条第七号該当性について

1 本件公文書は、空港整備事務所の折衝費に関するものであるところ、空港整備事務所の折衝事務としては、その事務の性格上、空港建設予定地の周辺地域の住民等との対外的折衝、交渉が中心的なものであると考えられ、また、これらの折衝、交渉の中には、これら住民等に対する意向打診、個別折衝を目的とするものが含まれていることも、その事務の性格から、推測されるところである。

このような折衝、交渉については、その具体的内容、あるいは、折衝、交渉の相手方の氏名は、交渉内容それ自体に関する情報であるとともに、行政機関の対外的交渉の方針を示す重要な情報の一つでもある。

空港建設予定地の周辺地域の住民の多くが空港建設を了承していないという被告主張のとおりの状況があるか否かを問わず、空港整備事務所の折衝の相手方である地域住民が、空港整備事務所と個別に折衝していること、その頻度等を他人に知られたくないと考えることは、一般に想定されるところであり、これら地域住民との折衝に関する本件公文書を公開し、その記録内容から会合等の出席者の氏名が明らかになると、折衝の相手方において、不快、不信の念を抱き、また、会合の内容等につき様々な憶測等がされることを危惧して、以後会合への参加を拒否したり、率直な意見表明を控えたりすることも予想される。また、折衝の目的や相手方、今後の折衝予定が明らかになることで、行政機関の対外的折衝、交渉の方針、あるいは、空港の建設計画につき、空港建設予定地の周辺地域住民等に様々な憶測を生じさせ、空港建設のための折衝事務に混乱を生じさせることも予想されないわけではない。

2 しかし、前記のとおり、本件条例は、県の実施機関が管理する情報について、第六条各号に定める非公開事由に当たらない限り、原則として公開することを定めている。このことからすれば、空港整備事務所が行ってきた折衝に関する本件公文書が、第六条第七号に定める「公開することにより、…事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある情報を記録していると認めるためには、当該文書に関係者との内密の協議を目的とした折衝についての情報が含まれている可能性がある旨を概括的に主張、立証するだけでは足りず、個々の折衝が、関係者との内密の協議を目的として行われたものであって、関係者等との単純な事務打合せを目的とするものではないこと、かつ、各文書に記録された情報について、その記録内容自体、あるいは他の関連情報と照合することによって、折衝の相手方や具体的内容等が了知される可能性があることについて、その判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証する必要があると解される(参照 最高裁平成二年(行ツ)第一四九号同六年二月八日第三小法廷判決・民集四八巻二号二五五頁)。

3 これを本件についてみるに、被告は、空港整備事務所が行う折衝は、空港予定地及びその周辺地域の極めて限定された地域の関係者を対象として実施しており、相手方はすべて地元関係者であって、空港整備事業の施行のために必要な事項についての折衝であって、県内部や関係行政庁等との事務打ち合わせ等を目的とするものではなく、本件公文書が全て内密な協議を目的とする折衝に関するものである旨主張する(被告の主張4)。しかし、本件訴訟においては、審査会作成の「滋賀県公文書の公開等に関する条例第一二条の規定に基づく諮問についての答申書」(乙二号証)及び被告作成の「公文書非公開決定に対する異議申立に対する決定書謄本」(乙三号証)が証拠として提出されているものの、これらの乙号証が判断の前提としている具体的事実を立証する証拠はなく、それ以上に、個々の折衝の目的はもちろん、当該空港整備事務所の設置目的、活動内容や本件公文書の記載内容及びその程度に関する事項についても全く立証しないのであるから、右乙号証のみをもって、前記2の主張、立証がなされたとは到底認められない。

したがって、本件公文書について、本件条例第六条第七号に定める非公開事由に該当すると認めることはできない。

4  以上より、本件公文書について、非公開事由に該当するとしてなされた本件処分は適法であったとは認められず、取消を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)

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